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☆ 土曜日の猫

猫小物写真500.jpg
☆前回記事、火曜日の猫、水曜日の猫の続きです。


その日は朝からヌードモデルのデッサンの授業だった。
数年前から来て頂いているお人柄の良いモデルさんだったので
ポーズの打ち合わせはスムーズだった。
1限目も2限目もポーズは素晴しく、学生も集中して作品を制作していた。
その地下の広いアトリエで午前の授業を終えた時、僕はとても驚いた。


火曜日に一緒に猫を病院へ連れて行った学生二人が、
その場にはいなかった同じクラスの学生一人との合計三人で、
当日現場にいた学生と協力して集めたカンパを封筒に入れて
「先生!これをあの三毛猫の治療費に使って下さい。」と持って来てくれたからだ。
僕は火曜日から治療費は全額払うつもりでいたので、前日から費用は用意しておいたのだが、
心優しい学生達の突然の申し出に、おもわず目頭が熱くなった。

少しの間考えたが、差額は学生に何か画材でもプレゼントすることにして、
僕は学生にお礼を言ってその封筒を受け取ることにした。

僕がお礼を言うと「先生を巻き込んじゃったのは私達ですから」とも言われてしまった。
(心の中で泣きました)

学生達が退室した後で、今回の事情を知った午前の授業を担当してくれている助手さんも
「先生、善い学生ですね!」と笑顔で言ってくれたので、僕はとても嬉しかった。
そのあと僕は助手さんと二人で二階の絵画研究室へ上がり、
昼食を食べてから午後の基礎造形の授業に望んだ。
午前とは別の新しい建物にある午前よりも広い教室での授業の課題は
「アッサンブラージュ作品」の制作だった。
36人の履修学生の中に1人、八角形の木の箱を作りたい学生がいたのが、
午後の授業を10年前から手伝ってくれている助教さんが
角度をつけて木材を削れるベルトサンダーを用意してくれたのでとても助かった。
今では彼女がいなければ僕の授業は成り立たない位の存在だ。
彼女のおかげで午後の授業も無事終え、研究室に戻り来週の授業の準備をしてから、
僕は火曜日に預けた、怪我をした三毛猫の様子を見るために
板橋区十条にあるペットクリニックへ向かった。
朝も出校する時に感じたが、火曜日に逃げる猫を保護するために学生達と動き回った路地は、
やはりあんなことでもなければ、決して立ち入らない空間だった。

僕はレモン色をしたあの目を見た階段下の暗闇の入口を
道路から見ずにはいられなかった。
あの時出て来てくれて良かった。おばあちゃんもありがとう。と心の中でつぶやいた。


土曜日の夕方のクリニックはとても混んでいた。
僕は火曜日に預けたまだ名前の無い三毛猫の診察券を出した。
座る場所もなくバックを手にしたまましばらく立って待っていると、
火曜日は見なかった看護婦さんが
「院長先生を待つ間に猫ちゃんにお会いになりますか?
二階におりますので、一旦外に出てすぐ左の引き戸を開けて
階段で二階にお上がり下さい。」と言ってくれたので、
言われた通りに外に出てすぐ左の引き戸を開けて、看護婦さんに続いて二階へ続く階段を上った。
上りきった所の右手のドアを開け、そのまた右手のドアを開けると、
小さな白い犬が僕の足下に寄って来て匂いを確かめ始めた。
僕は小さな白い犬に声を掛けながらその部屋の奥にゆっくり進んだ。


5番ケージの中にあの三毛猫はいた。

その他のケージにも猫はたくさんいたが、
僕が少し近寄っただけでミャーミャーと甘えた声を出すのは
火曜日に預けたレモンみたいな目をした小さな三毛猫だけだったので、
僕はなんだか嬉しかった。
三毛猫は僕がさらに近寄ると柵の間に必死に顔を擦り付けて
顔を触って欲しそうにするので、僕は指先をゆっくりのばして、
レモン色の目をした三毛猫の狭い額を優しく愛撫した。
しばらくの間、僕は再会を喜びながら、いろいろな言葉で話しかけたが、
その時何を猫に言ったかは、今ははっきりと覚えていない。
ただ僕が振り向いた時に、
僕をそこまで案内してくれた看護婦さんの瞳がかなり潤んでいたので、
なんだか少し恥ずかしく感じたことだけはしっかりと覚えている。
彼女はこの職場で何度もさまざまな場面に遭遇しているのかと思うと
僕の心には彼女に対し尊敬の念すら湧いて来た。

僕がその看護婦さんに三毛猫の怪我の回復状態をお聞きすると、
「食欲もありますし、だいぶ元気になりましたよ!」と言ってくれた。
彼女はケージを開けて三毛猫の後ろ足の間の怪我の状態も見せてくれた。
火曜日よりはだいぶ良くなっていることが、素人の僕の目にも理解出来た。
僕は「だいぶ元気になっていたので安心しました。ありがとうございました。」
とお礼を言って一階の待合室に戻った。

来た時は混んでいた待合室は、
僕が二階に上がって三毛猫と再会している間に動物の診察は順調に進んだようで、
細長いソファーに座ることが出来た。
待つ間、同じソファーに腰掛けていた、流暢に日本語を話すアメリカ人の女性に
「あなたは一人でどうしたの?」と話しかけられた。
僕は何故自分が一人でここにいるか簡単に事情を説明した。
「そうでしたか・・・」とアメリカ人の彼女は言った。
彼女は丸い目をした大きな黒っぽい猫を胸に抱いていた。
話によると殺処分される予定だったその猫をもらって来て育てているとのことだった。
彼女は「日本には殺処分されてしまう猫がたくさんいるのに、
日本人はなぜペットショップで猫を買うのか理解出来ない」と悲しそうに日本語でつぶやいた。
全くその通りだと思った。
今や子供の数よりもペットの数の方が多くなったのに、
命よりも経済優先の日本は未だペット後進国と思われても仕方が無い。
野良猫を保護して里親を見つける良心的なペットショップも、あることにはあるのだが・・・。


院長先生の説明では当初の1週間ではなく、
来週の土曜日頃まで入院した方が善いらしく、
その後も完治するまで通院出来れば理想だとのことだった。
とにかく治療費用はまだかかるようだったが、
とりあえず火曜日までの費用を学生達のカンパに助けられて清算した。

「病院に連れて来て、法律上は自分の猫だと自覚すると、自然と情が移ってしまいますね」
「私が引き取って面倒見てあげられれば善いのですがペット不可のマンション住まいなので・・・」
と僕がいうと、
真剣な眼差しで
「そのお気持ちは良く理解出来ます」と
院長は言ってくれた。
その後に院長は
「うちはこういう猫を助けるNPOもやっているので
そちらでも里親を探すだけ探してみます」と言って下さったので、
「私も探すだけ探しますが、どうか宜しくお願いします」と言って僕は病院を後にした。

僕は今度の火曜日に、一緒に助けた学生達と一緒に、
レモンのような目をした三毛猫に会いに行く予定だ。

7月6日土曜日の記憶より




☆最初の画像は大学院生の頃、バリ島のネカ美術館での展覧会へ出品した際、
真っ直ぐ伸びた尻尾のデザインに一目惚れして、現地で購入した木製の小さな置物。

檸檬レモン2写真500.jpg
☆甘えん坊で人なつこい小柄な三毛猫です。不妊手術済み。里親絶賛募集中!☆

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iruka

心温まる話です。
今の世の中 温かさに人は飢えていると
思ったりします。
by iruka (2013-07-14 08:00) 

はぎぽん

irukaさん
今回は偶然の巡り合わせでこのような出来事になりましたが、
学生と三毛猫レモンに、
今まで見て見ぬ振りをしていた問題を
投げかけられた気がします。
irukaさんいつもありがとうございます。<(_ _)>


by はぎぽん (2013-07-15 22:04) 

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